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出現の時期は定かでないが、日本民具学会の阪口宏司氏は、戯作者兼狂歌師の手柄岡持が家集『我おもしろ』に記す「割りかけの箸」の話がおそらく安永6年(1777年)のことだと推理し、天明3年(1783年)刊の『菖歳狂歌集』序文中に「あれ三輪山の杉のはし、一本のはしを2本にひきさき・・・」とあるところから、いまのところ、1780年ごろから使われだしたとするのが穏当だろう、としている三輪山(奈良県)の名が出てくるが、発祥地は江戸としてほぼまちがいない。
今日と同じ割箸という呼称が初めて文献に登場するのは、川柳の大アンソロジー『誹風柳多留』で、寛政12年(1800年)の29篇に「割箸を」の一句が見られる。
文化2年(1805年)の32篇「わり箸に田舎大きにこまってる」や文化5年(1808年)の44篇「蓋をとり野暮てれへのと箸を割り」も割箸普及初期の風俗をしのばせるものだ。
ところが、天保8年(18217年)以来、喜田川守貞がその見聞を記録したという『守貞漫稿』では「杉の角箸半ヲ割り」「食スルニ臨デ裂分ケテ用」いる箸が引裂箸と記されている。
これはヒキサキバシと読むのだろう。
あるいはワリバシとヒキサキバシの二つの呼称が併用され、17文字に制限される川柳では、もっぱら字数の少ないワリバシのほうが使われたのだろうか。
『守貞漫稿』が引裂箸に言及しているのは「江戸鰻飯」の項だが、そこでは鰻飯に必ずこの箸を添えること、文政以来、江戸・京・大坂で使われだしたことを記し、「再用セズ浄キヲ証ス」るものだが、「亦箸工二返シ丸箸二削ルト云う」とか、かえって名のある料理屋は「元ョリ浄キガ故」に用いないとか、興味深い記述を残している。
18世紀末に江戸に登場した割箸は、かつて誰にも使用されていないという〈清浄性〉の記号がスノビッシュな江戸っ子にうけ、19世紀初頭以来、魚料理を供する超一流ではない飲食店に、まず普及していったようだ。
文献が示すように、初期の割箸はヒノキとともに日本の木材を代表する樹種スギで作られていた。
杉箸そのものには、それ以前に長い歴史があり、繊維通直のスギ材が備える割裂性は割箸にもってこいだ。
この発明はコロンブスの卵のようなものであったろう。
さて、日本の木材加工技術史を語るうえで欠かせない資料に、明治405年(1912年)に刊行された農商務省山林局編の『木材の工婆的利用』がある。
同書は「元来一回ノ使用ニ止マル性質ノ」箸を広葉樹の柳箸と針葉樹の杉箸に大別する。
実際に使われる樹種は柳箸がミズキ、サワグルミ、杉箸がスギ、トウヒ、ヒノキなどだ。
これは今日も「あらかじめ割られた割箸」として存在し、生産・流通上は割箸と同様に扱われるバラの素木箸の一群と同じである。
歴史的に見れば、塗り箸、唐木(硬木)箸、象牙やプラスチックの箸など「永続使用スルモノ」より、この使い捨ての箸のほうが日本では本流であった。
それどころか、ごく近年までの山仕事では、箸は現地調達するものだったのだ。
この伝統は林野庁の演習の際にも引き継がれており、ワッパ飯の弁当を開くまえに手近の枝を折り取り、たとえばクロモジならクロモジの枝を箸として使うことによって、その木を唄覚や味覚を介して覚える訓練の一環にしたという。
話を戻そう。
割箸は、日本の箸の本流から派生し、当初は杉箸の新分野を開いたものだ。
そして明治期の割箸は、子持箸、面取割箸、角割箸の3タイプに分類されている。
子持箸は小さなノミで爪楊枝を入れる溝を穿ったというから、このタイプはいまはない。
程度の差はあれ、いまはどんな大衆品も面取りを施されているので角割箸も存在しない。
今日の割箸は4タイプに分類される。
明治時代から昭和30年ころまで、多くの職人が戦地に駆り出された太平洋戦争中の一時期を除いて、質量ともに日本一の割箸産地だったのが奈良県吉野郡下市町である。
地元の伝承では後醍醐天皇の時代までさかのぼるバラ杉箸の産地だが、割箸についても伝承が残っている。
文政十年(1827年)に下市を訪れた杉原宗庵という巡礼僧が、樽材を取ったあとの木皮と呼ぶ残材から箸を作ることを勧め、そのときのアイテムの一つが割箸だったという。
ならばそれ以前、木皮は利用されず捨てられていたのか、すでにバラ杉箸に使われていたのではないかという疑問はあるが、割箸の製法がこのころ伝えられたというのは納得できる。
まさに江戸・京・大坂の料理屋に割箸が普及しはじめた時期だからである。
さて、では樽材とは何かというと、これは主として灘などの酒造地に供給される酒樽の材料である。
4斗樽用の弧状の板を得るためには丸太を一尺8寸に玉切りしてミカン割りにし、年輪沿いに割って材を取る。
木口には2本以上の年輪が全通することが条件である。
今日の感覚でいうと賛沢な木の使い方だが、繊維通直のスギならではの割り木工で製材が行なわれるわけだ。
そして木目が細かく芳香に富む吉野杉は酒樽の原木として歓迎されたため、吉野林業は樽丸林業と呼ばれるほど樽材の生産が盛んであった。
当然、木皮もたくさん出る。
ここに日本一の割箸産地が形成されたのは、この高品質の箸材の豊富さゆえである。
今日では木製の樽の需要は激減し、木皮もほとんど出ない。
そこで丸太を建築材として製材するときに出る背板が箸の原木になる。
木皮にしる背板にしる形がまちまちなので、工場的な大量生産方式には向かない。
だからここでは、手作業の工程のうち可能な部分を少しずつ機械化する方法で能率の向上が図られ、いまも家内工業的な生産が続けられている。
大戦後は、和紙製造から転じたメーカーが多い吉野町をはじめ、吉野郡のいくつかの町村や五篠市でも割箸生産が盛んになった。
江戸時代、鰻飯に必ず添えられた割箸。
スギの角割箸である今日の割箸を箸形によって分類すると、この4タイプになる小判割るまえの4つの角を面取りしただけの大衆品。
頂部断面が長方形の4隅を落として小判形になるのが名の由玉明治時代に面取割箸と呼ばれたのはこのタイプだ。
天削茶人・千利休に由来するというバラ杉箸の利久の形を模したもの。
商人が利を休むのはまずいので利休ではなく利久なのだそうな。
高級品。
とくにスギの柾目で赤身(芯材)を使ったものが量局級割ったあと、それぞれの4隅が面を取った形になるように割り込み部に全長の溝を掘ったもの。
束ねて上から見たときのパターンが元縁俣様に似ているのでこう呼ばれる。
中級品。
使用樹種はさまざま元禄項部を斜めに削り落とし、先端数センチだけを強めに面取りしたもの。
利久より大きく豪華に見えるのが実需者である飲食店にうけ、近年需要が伸びている高級品。
スギ、ヒノキ、トドマツが多いこのように、スギ、ヒノキの割箸は、資源の浪費どころか製材端材から収益性のある商品生産を行ない、林業を活性化させるものだ。
この地場産業がなくなれば、背板はムダに廃棄され、木材価格はさらに上がり、国産材市場は縮小するだろう。
明治・大正期、割箸は下市を中心とする奈良のほか、静岡(スギ)、長野(トウヒ、ヒノキ)でも産した。
当時バラ杉箸の産地であった秋田や福島、千葉などでもいくらか生産されていたかもしれない。
しかし量産がきかない伝統工法では急増する需要に対応できない。
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